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アンティーク問答

 

 

「あのーこちらのお店は?」

「はあ。アンティーク屋でございます。アメリカの古いものを扱っていますが」

「というとつまり中古品ですね?」

「まあそういうことになりますが。言ってみればうんと古い中古品というところでしょうか」

「じゃあやっぱり中古ってわけじゃないですか」

「ええ。まあ」

「それにしちゃあずいぶん高いですね」

「まあ、それは受け取り方によるとは思いますが」

「そんなことはないでしょう。だってあちらではずいぶん安く手に入れるんでしょう?」

「それはまあ、そのように努力しているわけですが」

「安く手に入れて高く売るってわけですか」

「しかし手間ひまがかかりますが」

「だけどそれを楽しんでいるんじゃあないですか」

「それはまた別の問題だと思いますが」

「しかし高いですね」

「別に買ってくれとお願いしているわけではありませんが」

「いや、お願いしてますね。みんな値札がついて並んでいるじゃありませんか」

「でもお客さんには皆さん満足していただいているようですが」

「じゃあもっとどんどんお客が入って、儲かってしょうがなくてもいいじゃないですか」

「いやさっぱりですね」

「でしょう。やっぱりやり方が悪いんですよ」

「そうでしょうか」

「そうに決まってますよ。要するに高すぎるんですよ。今の半分でいい」

「そんな無茶な」

「いえ、そうです。みんな楽して儲けようと思っている。みんな性根が腐りきっているんだね」

「そこまでおっしゃるならそうですね。だいたい日本じゃあ客の質が悪いんですよ。モノに対する正当な評価が出来ない。つまりよいものに対する尊敬がない。だからヤミクモに値切るしか能がないんですよ」

「店があこぎな商売をするから客が対抗上そうするするわけだろうが。客の質が悪いとしたらそうしているのはあんたたちの責任じゃないか」

「腐りきった客以上のアンティーク屋はもつことができないってわけですか。 誰かも言っていましたよね。国は国民のレベル以上の政府を持つことが出来ないって」

「政府が悪いのは日本の教育がなっていないからだ」

「そう。それを言われるならば、私にも言いたいことは沢山ありますね。日本がITで決定的に後れを取っていることとか。これは教育と政府の責任です」

「でもそれとあんたが不当に儲けようとしていることとは関係ないだろう。第一、日本のケータイは世界を征服しつつあるじゃないか」

「いや、そういう問題じゃあないんですね。たとえばアメリカではどんな小売商店だってレジはコンピューター化していますよね。するにITとはキカイの問題ではなくて、社会的なインフラの整備の‐‐‐」

「そういうあんたんところはどうなんだ。見たところレジらしいものが置いてないじゃあないか」

「レジはないけど‐‐‐大福帳はあります。‐‐‐何せ、レジがあくびしちゃいますからね。でもホームページはありますよ。そういうあなたのところはコンピュータはあるんですか」

「あるよ。娘が毎日使っている」

「娘じゃあなくてあなたや奥さんの問題ですよ。うちでは家族3人で5台使ってますがね」

「うちじゃあ車が3台ある。嫁さんは一人だけどね」

「じゃあどうせ嫁さんはろくに飯のしたくもせずに、車でほっつき歩いているんでしょう」

「違うね。ボランティアで社会奉仕さ」

「それそれ、それが間違いの元ですよ。自分のうちをほったらかして人の世話をする。そのほうがずっと楽ですからね。挙句の果ては家庭崩壊となって今度は人様の厄介になるわけです」

「厄介者はあんたのほうだろうが。誰かがどこかで地道に物を作っているからこそ、あんたがこうやって役にも立たないものを売っていられるんじゃないか」

「そういわれると表立って反対できることはありませんね。でもそういうあなたはなにをつくっているんです?」

「株だよ。株。」

「えっ」

「人がちゃんと作りたいものを作れるように金を廻しているわけさ」

「うーん。縁の下の力持ちってわけですか。」

「そうそう。先憂後楽。面壁三年。朝令暮改」

「確かにモノつくりは大切でしょうが、人間はそもそも何をよすがに生きているのでしょう。みんな幸せを求めているわけですね。その幸せのなかには、気に入ったものに囲まれて暮らしたいという夢も含まれているんじゃないですか」

「それで夢には値段がつけ放題ってわけか」

「そうでもないんですよ。商売として成り立つ以上、やはり値段という淘汰を受けざるを得ないんです。そんな理屈もわからないんですか」

「理屈じゃないよ。ハートの問題。ハート、ハート」

「でもハートでものを考えるっていうのはよい習慣じゃあありませんよ」

「いやいや、頭だけで考えたことはだいたいハートに裏切られる」

「でもハートだけに頼るっていうのは大変危険ですよ。アタマで考えなくちゃいけないことまでハートに任せてはいけませんよ。だからベトナムでもイラクでも‐‐‐‐」

「逆だね。すべての過ちはココロで納得しないことを、頭でねじふせてかかることにある」

「でもココロってアタマを住処とするんじゃなかったかなあ。少なくとも英語ではマインドと言うときはアタマを指差しますよ、胸ではなくて」

「英語を引き合いにだせばいいってものじゃないだろう。クリスチャンでもないのにクリスマスに浮かれるっていうのも、すべてはその腐った根性から来ているんだ。なんだいこの商店街のバカ騒ぎは。木枯らしも吹かないのに、もうクリスマスのイルミネーションをつけちゃったりして」

 

 

(そうだ。うちでもそろそろ飾り付けしなくっちゃ。うーん。なかなか光をしのぐインパクトのある広告手段はあまり見つからないからなあ)

‐‐‐‐

潮騒のように遠くで聞こえていた町のざわめきが戻ってきた。11月小春。

外の賑わいをよそに客はまったく来ない。まるで入り口に「忌中」の張り紙でもしてあるというように。あるじは気持ちのよいうたた寝からめざめた。

 

 

(2005年 11月下旬)